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留学生からの声

BLOG|名古屋学院大学生が世界各地から留学をレポート!その国の情報や留学先の生活など、学生の「生の声」をお届けします。

5月12日(金)16:00

断食月が最後の異文化体験となるので楽しみです!  アルムスリム大学 水谷

 インドネシアに来て8ヶ月が経ちました。4月は毎日停電が1日1回は起きています。停電が起きると、自分はインドネシアという発展途上国にいるのだと改めて感じさせられます。寮にいる間、もし停電になれば寝るしかありません。慣れた今はもう「またか。3時間後ぐらいに戻るかな」と思うぐらいです。夜停電なら寝る、携帯やパソコンは常に充電をしておく、などと臨機応変に対応できるようにしていたので、特に困ったことはありません。

 ですが、陽が出ている明るい日中の停電には困らされました。その時、文化社会基礎の授業に参加をしており、日本についてプレゼン発表する時、パワーポイントを使用できなかったためです。写真を見せながら発表した方が分かりやすいと思い、パワーポイントでのたくさんの写真を使ってプレゼンの資料を作っていました。停電がこの授業に影響するとは思ってもいなかったので、少しパニックになりながらも何とかプレゼンを終わらせました。タイミングが悪かったのは仕方がないですが、写真に頼っていた部分があったので、不十分なインドネシア語だけの説明となってしまい、心残りができてしまいました。それでも、先生もクラスメイトも一生懸命私のプレゼンに耳を傾けてくれました。 

 行政村落管理の授業が遅れること、4月に始まりました。しかし、初回の授業で教室がどこか分らず、キャンパス内をさまよっていて遅刻をしました。教室に入ると、先生が他の学生に「どこの国の人?」と聞いているのが聞こえました。初めての留学生受け入れだからか、アルムスリム大学側が私が履修した授業を各先生にまったく知らせていなかったのか、先生も戸惑っていました。「自分から説明しなければ」と思いましたが、このクラスには一緒に経済の授業を履修している学生が多く居たので、彼女たちが説明してくれました。そして、私が日本人だと分かると、先生が知ってる日本語を話して授業が盛り上がりました。その後、この授業では、授業内容と関係なくても、日本と関わりのあることをしばしば先生が話してくれます。

 例えば、原爆についてインドネシア人は皆、「広島・長崎」の地名を知っています。知っている内容が戦争であろうが、アニメや食べ物であろうが、日本のことについて知ってくれてるのが嬉しかったです。反対に私は、インドネシアに初めて来る前は、正直バリ島、ジャカルタ、スマトラ島といえばスマトラ沖地震ぐらいの知識しかありませんでした。この報告書や毎月大学の方で掲載されているブログを通して、少しでも多くの日本人の人にインドネシアを知って欲しいと思いました。 

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 留学生活も残り3ヶ月となり、遅ればせながらアルムスリム大学の方で日本語クラブをつくりました。北スマトラ大学の日本語学科を卒業したばかりのアユさんと私が、週2日、14時から17時ぐらいまで日本語を教えています。今はまだ5人しか参加者は居ませんが、ひらがなや簡単な挨拶からスタートしました。アルムスリム大学には日本語学科はありませんが、名古屋学院大学に留学にできるチャンスがあるので、このクラブを通して日本に興味を持ってもらえれば嬉しいです。 

 更に今月は、インドネシアに来て初めて、アチェ州以外の場所に出かけました。アユさんが日本語を勉強していた北スマトラ大学がある、北スマトラ州メダンに行きました。アユさんが4月27日から3日間開かれていた日本語学科生の学祭、その名も日本語の「BUNKASAI」に誘ってくれたからです。日本領事館もあるメダンは、スマトラ島で最大の都市であり、インドネシアで第4番目に人口が多い都市です。ムスリムだけでなく、インドネシア人でもクリスチャンの人や多くの中華系の人々が住んでいます。アチェ州、特に私が住んでいるマタンでは、私が一歩外を歩くと、ジルバブを被っていない私をすれ違う人皆が見てきます。しかし、メダンで全く見られてると思うことがありませんでした。小さなことと思われるかもしれませんが、8ヶ月アチェで過ごしてきた私にとっては、同じインドネシアでもこんなにも世界が違うのかと驚きました。

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 マタンでの移動はバイクが多く、信号もありますが(1つや2つぐらい)あってもないようなものです。メダンでは車ばかりで、渋滞がひどかったです。大きなショッピングモールもたくさんあり、日本食レストランもありました。お寿司にも感動しましたが、日本のラーメン屋に豚肉がありました。アチェではムスリムがほとんどなので、豚肉が全くありません(イスラムでは豚肉は禁じられているため)。お店ではハラール(イスラム法で認められているもの)のメニュー、つまり豚肉やお酒を使用していない、ムスリムが安心して食べれるものもありましたが、ハラール商品と非ハラール商品のキッッチンが同じということで、ムスリムの友達はお店に入りませんでした。ハラールの商品があっても、非ハラールを扱うのと同じキッチンでは、ムスリムは安心してお店に入ることもできないということを初めて目の当たりにしました。


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 目的であった北スマトラ大学には、日本語学科があり、現在日本人の先生は居ないらしいのですが、お餅つき大会やコスプレ大会が開かれていたり、日本の食べ物を売っていたり、浴衣の着付け体験ができたり、本格的な日本満載の学祭でした。

 歩いていると「すみません〜、すみません〜」と後ろから聞こえたので振り返ると、満面の笑みで、「日本人ですか?!」と女子高生に話しかけられました。学校の課題で、この学祭で日本人を探して日本語でインタビューをしてくるという課題があったそうです。なので日本語で「すみません」と言いながら歩いていたと聞き、すごく良い探し方だなと感心しまいました。そして何より、大学生だけでなく、彼女のように日本語を勉強している高校生も学際に参加をして、日本を知ろうとしてくれているということは、嬉しいことでした。 

 学祭当日は、SNSを通じて知りあった日本人の方が紹介してくれた方が、学祭を案内してくれました。残念ながらSNSで知りあった日本人の方はちょうど日本に帰国中ということで、会うことはできませんでした。しかし、その方が開いているメダンお掃除クラブという団体のブースで、1人の日本人学生の方に会いました。インドネシアに来て初めて、日本の方に会えたのと、その方も私と同じく日本人がいない大学で留学生活を送っているということで意気投合しました。彼はインドネシア政府の奨学金制度を利用しメダンの大学に通っているそうです。お互いにどういった経緯で今インドネシアに居るのか、話しているうちにあっという間に時間が来てしまいました。

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 初めて会ったのに「同じスマトラ島の場所は違っても、日本人1人で頑張っている人が居るんだな」と思うと、今まであった孤独感がなくなりました。初めてインドネシアで会った日本人の方に、とても良い刺激をもらい、今まで自信がないとばかり思い込んでいた自分に、少しは自信が持てるようになりました。バスでの移動に10時間かかり、「次メダンに来る機会はいつのことかな」と思っていましたが、帰りのバスでは留学中にもう一度行ってみようと思いました。 インドネシアで過ごすのもあと2ヶ月。断食月が最後の異文化体験となるので楽しみです。
投稿者 : kokuryu

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