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留学生からの声

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「(フィリピン)フィリピン大学」 の最近のブログ記事

12月20日(日)14:15

~ フィリピン フィリピン大 ~ 
            - 留学生Yさんからの 報告NO7

12月、の出逢い。

 

12月、いろいろな伝手からフィリピン駐在の日系企業現地社長とお会いする機会があった。わたしがお逢いしたのが三菱重工さん。三菱重工さんではフィリピンで図面を描き、日本に送るという作業が行われていた。フィリピン人が英語を使え、安い賃金で雇えるため、このような図面の仕事を日経企業のみならずUSやEU企業も多く行っているそうだ。その中で、キャリアアップを常に目指すフィリピン人は多く引き抜きされるそうだ。ある企業が基礎知識をつけさせ、これからだ、というというところを他企業が良い条件で引きぬく。景気が良い時にそのようなことが起こるため、フィリピン駐在員の方々は日経企業間で引き抜きはしないという合意のもと毎週自社の状況を報告し、他国の同種企業のうわさ等を探り、日経企業の発展のため集まるという。大手企業のトップがこのように同時に集まることは日本では稀なので貴重な体験だった。

 また、フィリピンのメイン行事であるクリスマスが近づいてくると、モールやストリートのみならずクラスやカレッジ内でも雰囲気が変わってきた。クリスマスソングは流れ(実際は11月初めから流れていた)学生、教授は歌い、みなカラフルなラッピングさせたプレゼントを持っていた。大学の敷地内だと言うのに、普段にも増してプレゼント用の露天は出るし、ミリエンダ(日本でいうおやつ、英国で言うアフタヌーンティー)で売っているバナナキューやフィッシュボールと同じように当たり前にラッピングのための袋と包装紙を売っている人が道にいた。飾りも日本や欧米とは少し異なるようだ。クリスチャンが多いが、中国人系のフィリピン人も多いため中国の雰囲気を持った飾り付けがあるように感じられた。(実際の由来は分からない。だが伝統的なものであることは確か。)クリスマスブレイクにはいる最後の授業日にはフィリピン全土でも有名なランタンパレードが、ここフィリピン大学ディリマン校で開かれ、各カレッジ、ドーム、オフィスが手製の巨大ランタンを運び素晴らしい様相だった。この手製ランタンは、ペットボトル、CD、段ボール等を使い明らかに「手作り」ということが伝わるものだ。もしこれを日本でしたのなら、日本人はもっと見た目や細かいところにこだわるのだろうと思った。彼らは純粋に楽しんでいた。うまく説明できないが、日本にはあまり見られない感覚な気がする。

 また、クリスマス関連で、住宅街には物乞いの子が増えた。物乞いという表現をここで使うのが正しいのか分からないが、「メリークリスマス、マム(Merry Christmas, Mo’m)」と寄ってくる。クリスチャンの考え方としても、お金を持っているのだから分けて当然というものもあるが、クリスマス(Christmas=Christ(キリスト) Mas(ミサ))だからこそ、一緒に祝うプレゼントをちょうだいというものらしい。こどもたちは一軒一軒の塀の外でクリスマスソングを歌い、お礼としてのお金や食べ物をねだる。やはりクリスマスは特別な日だった。私はイブ、当日とフィリピーナの友人の家に行き、一家と一緒に過ごさせてもらった。おばあちゃんもお母さんも親戚も優しく、良い経験させてもらった。フィリピンに多くいる出稼ぎ労働者の問題や、フィリピン大学等の学生の宗教観も聞け、友達やフィリピン人に少し近づけた気がする。

 New Year’s Eveはまた別のフィリピン人の家に行き、たくさんの花火と爆竹、それに伴う煙と騒音に驚きながらもフィリピン人の私からは想像できない新しいかたちの新年を迎えられた。新年を迎えるまでの数時間、親戚一同が集まる家の向かいの家や隣の家にも招かれ、たくさんの話をすることができた。その中に、日本で働いていた方と逢うことができ驚いた。彼らはどういう経緯があったのか分からないが、日本の某大手住宅コンサルタント会社に10年ほど勤めていたそうだ。日本をとても愛しており、日本人の私と出会ったことや、日本語を披露できる相手がいること、日本の思い出を話せることをとても喜んでいるように感じた。彼らの面白おかしい、笑顔絶えない話をきいていると、彼らを日本で雇っていた、一緒に働いていた人たちに感謝を伝えたく思った。特に欧米かも知れなが、日本人が海外に憧れるように、フィリピン人の日本への憧れをとても感じた。そして、私も日本に生れ、日本の文化や歴史・特徴を受け継いでいることに感謝を持ち、かつもっとしっかりと知り、説明できるようになりたいと思った。授業や日常の生活で毎回感じるが、自分の乏しい日本の知識に情けなく感じる。もっと日本を知り、感謝をし、英語で説明できるようになりたい…と思う。

 

また、2年前にアテネオ大学に長期留学していたOさんが卒業論文のためフィリピンを訪れ、彼女の調査に同行させてもらった。とても良い経験となった。毎回お世話になっているOさんだが、今回はさらに、Oさんの2年前に築いたフィリピンでの絆や経験をほんの一部だが感じることができ、彼女の偉大さを再確認した。残り僅かとなった私のこちらでの生活に活かしていく。

 

投稿者 : kokuryu
11月30日(月)14:05

~ フィリピン フィリピン大 ~ 
            - 留学生Yさんからの 報告NO6

11月、後期が始まりました!

後期がスタートし、前期とは全く違った面持ちです。前期の第一週目の緊張と不安はほとんど感じませんでした。初めての教室初めてのクラスメートと教授、初めての科目、それでもいつも通り、と感じる私でした。その分後期から来た数名の方々の不安は予想でき、1度でも経験した後と、初めての感覚の違いの大きさを実感しました。

 この学期は悩んだ末、体育を行わず4科目履修登録しました。前回の英語科目とは全く違い、さすが専門科目!と感じる授業や教授、学生です。クラスメートにもとても恵まれ、いつも私をフォローしてくれます。また、日本の文化…漫画・アニメにも感謝です。自己紹介での趣味では、どのクラスも半数以上は漫画やアニメを見ること描くことと、言い日本に興味を示して話しかけてきてくれます。日本では素直に漫画・アニメなんて言ったらちょっと隔たりの目で見られてしまう可能性もなくはないですが、ここまでこの数年の日本文化が私を助けてくれるとは思ってもいませんでした。

 

 また、台風ONDOYの被害が大きかった街へ行き、幼稚園の子供たちに支援物資を配るボランティアに参加してきました。初めの1時間物資配布の説明と手順の話し合いだったのですが、途中からお世話になっている、この物資支援の主催団体のNGOの一人のスタッフの方が幼稚園の先生方に熱弁し始めたのです。タガログ語だったため、何を話しているか初めは分からなかったのですが、後できいてみると、「支援を受ける側は支援を受けることが当然になってしまっている。それはおかしいことであり、自分たちで自立する意識を持つべきだ。」というものでした。途上国の一部で問題になっている、支援を受けることに対して当然であるとういう考えを現地のNGO団体が問題視していることに驚きを感じました。一部先進国が一時の満足感を得るためにただお金を出す、衣服や文房具を送るというのも考えねばならないことです。余談ですが、フィリピンのセカンドハンドショップに行くと日本製の衣服が当然のごとく並列されています。日本のNGO団体も現地のNGO団体ももっとお互いの立場や重要を見直す必要があるようです。

 また、ボランティア活動で偶然日本人の方とお逢いし、インターンのお話をいただきました。フィリピンはフィールドワークを行いたい学生にとって本当に多くの学びが得られるところです。彼女はNGO団体でよく行われている職業訓練所に対して疑問を抱いていました。職業訓練所で訓練を受け、何らかのスキルを身につけても雇ってくれる企業がないのがフィリピンの現状です。なのでフィリピン人によるフィリピン人のための企業を起こそうと女性一人、一人の学生インターンと共にやっておりました。今は5,6人のインターンと共に活動を行っています。熱いMTGに熱い意志、本当によい刺激になりました。私はこのインターンを行うことを断念したのですが、本当に良い出逢いにと刺激になりました。

投稿者 : kokuryu
10月28日(水)14:03

~ フィリピン フィリピン大 ~ 
            - 留学生Yさんからの 報告NO5

あっという間の10月。折り返し地点に到達した!!!

 

10月は頭にジャパニーズナイトがあり忙しかった。このジャパニーズナイト、台風の影響で宣伝ができず観客が来ないことが懸念されていたが、たくさんの人が訪れた。何よりもうれしかったことが、アテネオ・デ・マニラ大学(NGUと協定校のフィリピン名門私立大学)の友達が十数人来てくれたことだ。アテネオ大学で知り合った日本人の方々からもたくさんいい刺激をいただいている。フィリピン大学とアテネオ大学のフィリピン人も違うが、両大学にいる日本人もまた違うような気がする。たくさんの人に出逢え、たくさんの刺激を頂けることは本当にすてきなことだ。

このイベントで私は照明音響担当だった。イベント当日レンタルショップは一人の男性をずっと居させてくれた。だが雇っている側と雇われている側の彼らは見ているだけでも感じ取れる格差があった。イベントが終わってから彼の所に終わったことを伝えに行くと私が発する前にMom, I’m hungly. と言われた。物乞いも売り子もたくさんいるが、それでも私達が借りた照明器具を見守るために来てくれた方、いつも以上に身近に感じたような気がする。その日は観客用のカレーを御馳走することができたが、魚をあげるより、魚の釣り方を教えなければならない。かといって彼は仕事を得ながらも満足な食にはあり付けないのだろう。開発の学部でよく問題になる話だろうが、100年以上続く名門アテネオ大学、フィリピン大学が立地する中、何も変わらないと言われ続けるのは文化や性格のためだけなのだろうか。

 

 ファイナルペーパーはENG1の授業で3~5枚、台風ONDOYについて。ENG10 では3~5枚のreaction paperとdefinicion paper, 15~20枚のconcept paperを提出した。私の受けたクラスは最終のスピーチやプレゼンはなかったが、他のクラスはあり、また違った忙しさのようだった。ペーパーをもっとうまくかけるようになりたいが、最初の頃に提出したものよりもまともになったと感じた。教授たちにも本当に感謝だ。何度も間違いを繰り返していたけど、それでも最後まで私をクラスにおていくれたし、フィリピン人と対等に接してくれた。クラスで円をつくり話し合った時も理解しようと、してくれている様子が伝わり本当にうれしかった。

 明日は後期の仮登録、先週来たNGUの先輩とシラバスを見てきたが、フィリピン大学は本当にたくさんの授業があり、決めるのに一苦労だ。興味や関心だけではついて行くことが難しい分、少しでもよい刺激や学びが得られるようモチベーションを高く持ちたい。

 セメスターブレイクは多くのことを、特にフィリピン語をもう少し学べるよう取り組む。フィリピンでは幼稚園から英語教育が始まるそうだが、数学や理科、所謂国語(フィリピン語)以外の授業の教科書や講義は英語で行うことが多いと教えてもらった。後期中に幼稚園や小学校を見学させてもらう。たくさんの状況を活かして多くのことを感じたい。

 

 

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投稿者 : kokuryu
10月28日(水)13:54

~ フィリピン フィリピン大 ~ 
            - 留学生Yさんからの 報告NO4

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1ヵ月遅れの9月。
10月に、寮で行われる日本人主催のお祭りのためとても忙しい月となった。
寮のイベント事だけではない、9月はファイナルペーパーが多く、少し息苦しい月だった。
ファイナルペーパーを教授室まで取りに行った時、普段話す機会があまりなかったクラスメートと話すことができた。私がフィリピンを留学先に選び、さらにはアテネオ大学ではなくフィリピン大学を選んだことを話すと、すごく喜んでいた。自大学フィリピン大学をとても誇りに思っている。すごくかっこいい。まだ日本でいう高校2年生の年なのに本当にしっかりしているし輝いているように感じる。フィリピン語を話せない、またはそれと混ざって英語を使っているフィリピン人を「コニョ」というようだが格差もあれば偏見のようなものもあるような気がした。コニョだけでなくフィリピン語の多くの階級(正しいニュアンスか定かではない)やその間のフィリピン人の感覚を知りたい。


9月の一番の衝撃的な出来事は台風ONDOYによる被害だ。フィリピン大学はマニラにおいてもケソン州という少し高い位置にあるため台風が過ぎてからのニュースでONDOYのことを知ることになった。開発の学部と一緒に政府の社会福祉省のようなところに行ってお米と缶のパッキング作業を行った。直撃した次の日から、寮ではドネイションボックスが置かれ、多くの服や非常食が入っていた。フィリピンのマーケットを占めるモールにも大きなドネイションボックスが設置されていたし、連日各地の教会で援助品の配布や普及作業のボランティアが行われていた。キリスト教徒が多く占めることを改めて感じた気がする。今回こんなにも被害が広がったのはフィリピンのポジティブな文化が影響するとあるフィリピン人が言っていた。いつもはそんなに水がこない、大丈夫。政府は避難するように言っているが、隣人も家にいるし、問題ない。神様が守ってくれるだろう。また、ゴミが街中に散らばっているため、下水道が詰まり水が処理しきれなかった。さらに、フィリピンだけの問題ではないが、近年の急激な地球温暖化による異常気象の側面もある。フィリピンの伝統的な乗り物であるジープは毎日まっくろな排気ガスをだし人々を運んでいる。排気ガスにより遠方が見えないこともしばしばある。
雨季には毎週のように訪れる台風を、フィリピン人は毎年体験している。これからも続くし、異常気象によりさらに大きな台風や災害が起こることも予測される。多くの教訓を生かした対策が実行されることを期待する。

 

 

投稿者 : kokuryu
8月30日(日)13:52

~ フィリピン フィリピン大 ~ 
            - 留学生Yさんからの 報告NO3

3ヶ月経過、8月。

 

 中間テストのようなものと考えていいのだと思うが、多くのクラスでペーパーの提出があり、フィリピノも留学生もみんな忙しい雰囲気を出していた月だった。

 私のとっている英語の授業もますますペーパーが増え、アカデミックな書き方を要求されてきている。リーディングの内容が様々で面白い。しっかりと書けているかといえばまだまだだが、少しでも追求することを心がけたい。

  

8月末の総選挙のため選挙や政権、これからの日本について話す機会が多かった月となった。考え方、視点は多くあるが、何よりも自分の無知さ関心の低さに劣等感を抱いた。さらに、フィリピンに多くある華僑系のモールSMについて経済的な側面に驚いた。このモールには連日多くの客が足を運ぶが、驚くことは客の数だけではなく、店員の数だ。確実に有り余っている。利益を生むにはよくある方法として人件費を抑えるか、莫大な量の商品を売るかだ。だがどちらも当てはまっているとは思えない。だからこそこのSMがこんなにもフィリピンの流通を占めているか不思議だ。でが、それ以上にそこまで考え、経済を学んでいる方は、経済学部のフィリピン人が自分の学んでいることがこの国で行われていない=無意味なのでは?と考えないことに不思議に感じていた。視点を変えることは本当に面白い。

また、先日マクドナルドにて隣に座っていたおばあちゃんに話しかけられ4時間近く話しを聴いていた。スペイン系フィリピン人なのだが、フィリピンというよりはスペインを愛している、誇りに思っているという印象を受けた。そして、ムスリムを嫌っていた。久しぶりに文化や宗教の歴史の断片に触れた気がする。スペイン系フィリピン人。中国系フィリピン人とはよく言う。だが先祖が違っているのは確かなのだろうが、どこまでたってもフィリピン人にはならないのだろうが。うまく言葉で説明はできないが、日本人には少しない感覚なのかもしれない。占領下にあった上、特にスペイン系の人にとってはフェリペ皇子からきたフィリピンにやはり他の人に比べて優越感のようなものもあるのだろうか。調べてみたいし、フィリピン人に聴いてみたい。

 

また、フィリピン大学は様々な日本の大学のゼミ生や、研修の場となっており、多くの学生に会うことができる。8月、約2週間早稲田大学の学生が研修でフィリピン大学に滞在しており交流を行いに出かけた。いろいろな観点のお話をきけ考えさせられた。

 

今月は私の住む寮においてフィリピン人主催のフィリピノナイトなる、イベントが開かれた。そこで印象的だったことが、最初に国歌を歌うことだ。寮で行われる、規模も小さい数時間のイベント。だが国への誇りと愛をこめて歌っているように思えた。(これは文化かもしれないが、)日本人のように恥ずかしがって声が小さくなることなく、一人一人まじめに歌っていた。これが当たり前の光景なのだろうが、何か新鮮なイメージを強く受けた。10月にはJapaneseNightが開かれるので準備も始まり、忙しくなりそうだ。

投稿者 : kokuryu

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