イワンのばか
『イワンのばか』 トルストイ
この物語はトルストイの書いたものの中でも、最も重要な作品の一つです。ロシアの百姓たちのひたむきに生きる様は、「労働に生きる」という人間の本来的なあり方がちゃんとある、トルストイはそういうものの代弁者として、言葉をもちいて作品にしました。なにしろその百姓というのは、せっせと働き、家族や共同体を大切にし、皆で分け合う平和的な暮らしをしますが、愚直なものですから、小悪魔にそそのかされればどんどん悪い方向へいってしまいます。トルストイはこういった賢いものに翻弄され続けるロシア農民達を見て、言葉とか物語という形で庇護したのです。
裕福な百姓の三人息子の一人、イワンはまさに愚直に労働に生きる農民で、うちに残って働いている。一方、軍人のセミョーンは王さまに仕えるために戦争にいき、ほてい腹のタラースは商売のため、街の商人のところ行きました。貴族と結婚したセミョーンも女商人と結婚したタラースも、よく金を使うものですから、家にかえってはばかのイワンに助けを求めにいくのです。それをかまわず、イワンは兄弟たちに分け前を与えます。
裕福な百姓をみて小悪魔たちは良く思いません。そこでセミョーンには戦争して征服をするようにそそのかし、その結果彼は敗北し、財産を無くす、というように困らせる方へ仕向けます。タラースには、彼の腹をふくらまし、よくばりにして、手当たり次第に消費させるよう仕向けます。
小悪魔たちはイワンにも悪さをしようとしました。ところがイワンのばかにはどうしても効きません。小悪魔がいたずらを仕掛けても愚直だから気付かない、あるいはいたずらに気付いても負けじとより一層労働をこなしていく。これとは対称に、貧困に陥ったセミョーンとタラースはイワンのもとにおせっかいになり、暮らすことに。
彼ら軍人と商人は家族のおかげで力を取り戻し、王さまになりました。イワンもまた、病人をなおすことができるという特殊な力のようなものがあるおかげで、町の王の姫と結婚し、王さまになりました。三人が王になったのです。ところがセミョーンもタラースも王として自分のちからを存分に発揮しましたが、イワンは王さまといっても特別なことをせず、いつもどうり手仕事に取り掛かる。税金を払うとか、兵隊を備えるというようなことをしません。そのうち愚直に働く人ばかりの国になりました。姫もまたばかでした。が兄たちは相変わらず小悪魔にそそのかされて失墜し、国にも人が集まらない。兄たちも、小悪魔たちも、賢い人たちも、どうやったってイワンにはかなわないのです。
イワンの国はその後もその後も彼らを養います。誰かが来て、「どうかわたくしどもを養って下さい」と言えば、彼は「ああよしよし!」と言う。
「いくらでもいなさるがいい―わしのところにはなんでもどっさりあるんだから」。
この国の一つの習慣が次の通り
―手にたこのできている人は、食卓につく資格があるが、手にたこのないものは、人の残りものを食わなければならない。
トルストイは国民伝説に伝わるこのようなロシア農本主義ともいえる思想を大切にし、多くの人に伝えました。それというのは農民はイワンように、多くの場合無抵抗なものであり、また非言語的なものです。彼はそれをみて言語という形式で、簡潔に明瞭に描き出しました。ほんとに気軽に読めます。農民のくらしの、平和で、平等で、無抵抗で、労働主義的態度を感じ取り、特権階級の暮らし、軍国主義、商業主義、資本主義的なものを戒めました。
この偉大な思想を、多くの人にトルストイから知ってもらいたいと思って推奨します。
...と少々切実な感じとなりましたが、子供から老人まで楽しく読める、悦ばしい物語でございます。
図書館SA あっきー
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