★Bridge★No.37 宮坂 清 先生
国際文化学部 宮坂 清(みやさか きよし)先生です。
宮坂先生は、「社会学入門」「宗教社会学」「文化人類学入門」「文化人類学」「日本の民俗学」
「南アジア文化社会論」などの科目を担当されています。
それでは、先生の思いをご紹介★
■■■ どんな思いをもって、授業に臨んでいらっしゃいますか? ■■■
チョッパー子:先生の授業について教えて下さい。
私は、大きく分けて2つのタイプの授業を担当していて、1つは教養科目、
もう1つは国際文化学部の専門科目です。
教養科目の授業には他学部の学生もいますから、広く浅く、これは知っておいた方が良い
という内容の話をしています。
狭くて深い話をしてしまうと、一部の学生は反応してくれるのですが、
その他の学生は「何言ってるの?」という感じになってしまうので、幅広く話してます。
やっぱり国際文化学部の専門科目には力が入りますね。
私は、インドの研究をしています。
そこに至るまでにいろいろな地域を訪れ、様々な経験をして専門をインドにした経緯があるので、
学生にも色々なところを見てほしいし、興味があることを見つけたら、
そこにはまり込んでほしいと思っています。
そんな道筋をつけられるような、キッカケになる授業ができたらいいですね、
難しいですけれど(笑)
私は、春学期に「文化人類学」「日本の民俗学」、秋学期に「南アジア文化社会論」を
担当していて、これらはそれぞれ全く別の学問なんですよね。
「文化人類学」はヨーロッパ発祥の異文化を研究する学問だし、
「日本の民俗学」は明治時代に柳田國男という人から始まった学問だし、
「南アジア文化社会論」は地域研究の枠組みなので、本当に全然違うんです。
それぞれの科目で、何か学生にきっかけを与えられるような道筋をつけたいんですけれど、
なかなかうまく行かない(笑)
でも、授業をしていると、一部の学生は釣り上ってくるというか、
私の話に反応している手ごたえがあるので、そんな学生を増やせる授業をしていきたいですね。
↑研究室で、先生をいつも見守っているラオスの夫婦神、プーニュー(祖父神)の像。
ラオスで購入した時は、対になる神様だと知らず1体のみで連れて来てしまい、
申し訳ないと仰っていました。
いつかニャーニュー(祖母神)も連れて来てあげてください!
例えば、「日本の民俗学」では、一般的にずっと古い時代から続いている庶民の暮らし・文化を
ますが、私はその中でも、とりわけ古代の人々の信仰・宗教に興味があって、そこに特化して話
をしています。非常にマニアックな話になります(笑)
ですから、当然学生の中には、「この人は何言ってるんだろう?」とぽかんと見ている学生も
いて、ちょっと気の毒なんですけれど、やっぱり私が大事だと思っていることを授業では伝えよう
と思っています。
人間の文化・人類の文化を考えると、現在では多くの国があり、様々な文化があって、
"自分の文化"や"異文化"がありますが、歴史を遡っていくと、古代へ遡るについれて、
共通のところに辿り着く気がするんです。
だから、「日本の民俗学」で日本のことばかり扱っていても、ずっと遡っていくほど、
「あれ?これ、似たような話がインドにもあるな」とか「似たような話、中国にもあるな」とか、
繋がっていく回路があるような気がするんですね。
日本の古代っていう、非常にマニアックな話を聞いているつもりが、
異文化と似ている点がいっぱいある。
いろんな変化を遂げて、今、表面的には違うと思っているものが、
実はルーツをたどると共通のものだった、とか。
そういうところを繋げてあげたいと思うんです。
私自身、そういう感覚が好きですし、
単に繋がっているだけじゃなくて、その部分が大事なことを言っているような気がするんですね。
他の文化と繋がるということに加えて、現代では忘れられてしまっている大事な感覚がある
ということも伝えたいです。
簡単に言ってしまえば宗教なんですけれど、いわゆる宗教というより、もうちょっと大きな、
人がものを見る時の姿勢や感性といったものが大事だと思っているので、そこをなるべく学生に
伝えられたらいいな、と思っています。そんなにうまく行かないですけれど(笑)
チョッパー子:アイルランドの神話の中に出てきた常若の国が、浦島太郎のお話に似ていると思ったことがあります。
浦島太郎的な話は、日本中にありますし、中国やインドにも似た様な話がありますし、
世界中にいっぱいあるんです。
海岸から海を見ると、海って、すぐ近くにあるけれど不用意に中に入れば溺れて死んでしまう
恐ろしい世界でもあるわけで、人間から見てある意味「異界」なんですね。
人間って、自分たちの領域と、そうじゃない世界を分けて、別の世界を想像するという性質が
あるようなんです。
海岸に住む人々は、海の底に違う世界があるんじゃないかって想像するんです。
「海という巨大なところから、自分たちはやってきたんじゃないか。」
「そういうところに自分たちのルーツがあるんじゃないか。」
海が身近にある人々には、そういう思いがあるんでしょうね。
こういう考え方には、国や文化の隔たりは関係ないんです。
アイルランドに似た話があるのは、多分そういうところで繋がっているんじゃないでしょうか。
竜宮城とか、異界とか他界とか、沖縄だとニライカナイだとか・・・沖縄は、そういった考え方
が非常によく残っています。
海が身近ではない陸に住む人々は、今度は「山」を異界ととらえるんです。
特に昔の人は、情報量が少ないですから(Google Mapも潜水艦も無いので行けないし(笑))
自分の見える範囲で「あの海の向こう」「あの山の向こう」を想像するわけです。
自分がなかなか行けない場所であれば、ある意味なんでもよくて、「身近な川の向こう側」という
場合もあります。
チョッパー子:なぜインドや文化人類学に興味を持たれたのですか?
私は学生のころ、旅行ばかりしていました。
ちょっとしか居なかった国も含めて、25ヵ国くらいでしょうか。
とにかく楽しかったんです。
知らない所に行って、
知らない景色を見て、
知らない人たちと話して、
知らないものを食べて・・・ということが好きで。
学生時代の思い出はそればっかりです。
それが一番大きなきっかけで、その中でも一番すごいと思ったのがインドだったんです。
一番巨大で、一番深くて、一生かかっても一部しか分からないだろうけれど、
ぐいぐい惹き寄せられました。
チョッパー子:インドは好き嫌いがわかれるとも言われますが、先生は「好き」の方だったんですね。
いや、嫌いですよ、インド。
チョッパー子:ええ!?!?!?
「ふざけんなよ(怒)」っていうこと、いっぱいですよ。
私、インド人と喧嘩しますから(笑)
チョッパー子:えええ!?普段のご様子からは全然想像できないです!
↑普段の先生
私、インドに行くと、結構ケンカ腰になるんです。
いや、そうしないと付き合えないんですよ(笑)
ある意味アメリカ人と近いというか、どんどん自分を出してくるんです。
こっちが遠慮すると、その分どんどん入り込まれて、ストレスがたまっちゃう(笑)
でも、対等に話せばストレスたまらないので。
日本人だと、多分、間を見たりするんですけれど、そういうことしませんからね。
そういう意味でも、インドって面白いんです。
自分も変わるっていうか。
「ああ、自分はこんなに怒るんだ」と、自分の知らない面が出てくる。
「嫌だな、ふざけんな」と思いながら道歩いてたりします(笑)
今は減りましたが、初めの頃はとまどったし、体も壊すし、色々しんどかったですね。
でも一方で、すごく良いところも見えてしまうというか。
本当に何てことないことが・・・例えば、陽が昇ったとか、子供が笑ったとか・・・
その時はハッとして、だんだん引き寄せられていって。
後から考えると、なんでだろうと思うんですけれど。
実は私は、大学を卒業してから5年くらいふらふらしてたんです(笑)
ビルの窓拭きの仕事やなんかをしていました。
ビルからロープでぶら下がっている、アレですね。
あれはいいんですよー、稼ぎがいいし、辞めてフイッと海外に行って戻ってきても、
また雇ってくれたりするので(笑)
日本で稼いで⇒インド⇒日本で稼いで⇒インドを2~3年くり返しましたね。
でも、単純に行ったり来たりしているだけでは分からないことがあって、
一生懸命文献を読んでいるうちに「これはすごいな」という本に出会うんですね。
「自分もこういうふうになりたいな」「こんな本を書きたいな」「こういう研究したいな」と
思ったりするわけです。そして、日本⇒インドを繰り返していてもこれ以上深まらないし、
旅行者としてインドにいるのでは限界があるな、インドのことをもっと知りたいなら、
中へ入っていかなきゃいけないな、と考えたときに、どうしても「今の方法では足りないな」と
感じて。
もちろん、どんどん入って行ける人もいるんですけれど、私は、入っていき方として、
個人的に入っていくより、文化として知りたい、まとまりとして知りたいという欲求が強かった
んです。だから文化人類学には非常に惹かれて、現地に入り込んで調査する、ということをやって
みたいと思いました。
でも、非常に難しい面もあるとわかったし、ちゃんとやりたいと思って、大学院で学び直しました。
チョッパー子:その時に、「インドに定住する」という選択肢を取っていたら、名古屋学院大学にはいらっしゃらなかったかもしれないですね。
そうですね、そうなっていてもおかしくはなかったと思います。
たまたま偶然が重なって、今は名古屋学院大学にいるのですが、そういう風に転んでいても
おかしくない場面はありましたね。
チョッパー子:インドへのスタディーツアーは計画されますか?
スタディーツアー自体は、好きですね。
学生をどこかに連れて行くと、学生は喜ぶじゃないですか。
そして、その経験があとあとまで影響を及ぼしているのが分かりますし、
そういう場に一緒にいるのは悪くないと私は思っています。
でも、私が主体になってインドのスタディ―ツアーをやるっていうと、
それは大変だな、と思いますね。色んな意味で。
まず学生はお腹壊すでしょ、
ぼったくられるでしょ、
泥棒にあうでしょ、
そのうちに帰りたいって言うよなー(笑)
私が今、研究で訪れているのが、ラダックっていうヒマラヤ山脈の裏側で標高4000m近い場所
なんです。今は飛行機で簡単に行けますけれど、昔は貧乏だったのでバスで丸4日かけて行って
いました。インドの首都デリーから、最短で4日っていう場所なんです。
そんな場所ですから、私がまず体調が悪くなる(笑)いまだに(笑)
結構冗談ではなく「引率の教員が倒れた」となりかねない(笑)
薬があって、高山病は軽くて済むんですけれど、あまりにも空気が乾いているし、
気候も食べ物も変わるので、最初はどうしても体調が悪くなるんですよね。
もちろん、学生だって体調不良になるでしょうし。
だから、「良いところ」を見せる前に色々ハードルがあって(笑)
見せたいものはあるんだけれど、そこに到達して見せたいものを見せられるかっていう
不安がありますね。
インドの中でも、もう少し行きやすい場所を選んで行く、という手はあるかなと思います。
おいおいやりたいとは思っていますが、しっかり考えないといけないですね。
チョッパー子:学生に興味をもってもらうために、授業でとっている手法がありますか?
去年から、殆どの授業で、毎回授業の最後にCCSのミニッツペーパーの機能を使って
簡単な課題を出しています。この課題は、授業内に回答し、提出します。
大人数の授業が多いので、学生と1対1でコミュニケーションを取るということが多くはなくて、
そこを補うつもりで始めました。
ほぼ毎回やっているので、学生によって書くことの傾向が出てくるんですね。
学生のことが、それを見るとよく分かります。
また、目についた回答を、次の授業の冒頭で紹介しています。
良くできているとか、変わっていて面白いとか、まったくピントがズレているとか、
いろんな観点で紹介するんです。
その過程を通して、私が喋ったことに対して学生がどうリアクションするか、どう考えるのか、
どう誤解するのか、なぜ面白くないのか、そういうことがわかってきます。
学生の反応によって授業の内容を変えたり、「もう少しここを丁寧に説明した方がいいな」と
感じたらそうします。去年から試しはじめて、うまく機能しているかな、という感じが
しています。学生も割と「面白い」と感じてくれているようです。
けっこう大変なんです、毎週400人くらいのミニッツペーパーを読むので(笑)
でも、データをダウンロードしてExcelで一覧表にできるので、
ミニッツペーパーはすごく機能的なんです。紙に書かせたらとてもできないです。
今はみんなスマホを持っていますので、この機能を使ってしまえということで、行っています。
全員の意見を汲み取れているわけではないですが、ある程度は意見を汲み取ってフィードバック
するサイクルができていると思います。
チョッパー子:学生に、伝えたいことは?
「よく学び、よく遊べ」ですね。
ありきたりですけれど、これにつきるかな、という気がして。
私もそうだったので(笑)
正直、私は大学の授業を熱心に聞いていたわけじゃなくて、
教室にいても気持ちがどこかに飛んでしまいがちだったんですけれど(笑)
でも、気持ちが飛んでいった先の事柄については、一生懸命勉強しました。
好きなものについての興味は徹底的に深めるという勉強の仕方ですね。
遊びがすなわち勉強に繋がって、勉強がまた遊びに繋がる・・・
「遊び」「勉強」の境目がなくなってくるというか、
両方セットなんです、「遊び」と「学び」って。
今、ともすると教員が「勉強しろ、勉強しろ、就職できなくなるぞ」とか言うじゃないですか。
学生はある意味で気の毒だなと思っていて、私が学生のころはもうちょっと好き勝手やって
いた気がして。
学生時代って、やっぱり感性も鋭くて敏感な時期だと思うんです。
その時期に精一杯遊んでおくって、大事なんじゃないかと思うんです。
だから、勉強も大事ですけれど、同時によく遊べよ、と言いたいですね。
■■■ 先生のお薦め本 ■■■
「アマテラスの誕生」
筑紫 申真著 講談社学術文庫
先生は、こんな風に仰っていました。
「新しい本ではないですが、アマテラスという神について書かれた本です。
アマテラスは伊勢神宮の神ですし、熱田神宮の熱田大神はアマテラスであるという説もあります。
"天照す"、つまり太陽の女神ですね。
天皇の祖神とされている非常に重要な神なんですが、日本の歴史をさかのぼると、
ヘビだとされていた時期があるんです。しかも、男性のヘビだと言われていた。
そういう伝承が、今でも伊勢神宮の近くに残っていると。
アマテラスって、ストレートでわかりやすい、明るい神のイメージでとらえられがちですが、
その成立には複数の神話が絡み合っていて、政治的なドロドロも多分に含んでおり、
アマテラスのもつそういった背景は皇室のイメージにも繋がっている、というような内容です。
実は、出版された当初は大分バッシングされて、著者は表を歩けなくなってしまったという本
なのですが、最近割と内容が見直されてきて、大事な話なんじゃないかと再注目されているん
です。」
本学名古屋キャンパスのすぐ近くには、熱田神宮があります。
身近な地域に関連する本としてもご紹介いただきました。
■■■ 今日の一枚 ■■■
今日の1枚は、 " 先生の趣味 " です!
↑研究室を音楽で満たしてくれるスピーカー(とプーニュー)
音楽鑑賞
先生は、研究室では様々なジャンル曲を流しているそうです。
小さいころには、ピアノとかバイオリンも習っていたとか。
最近の仕事用音楽は、Hemming Schmiedt のピアノ音楽だそうです。
インドに興味がある、音楽が好き、文化人類学に興味がある...
新しい世界への扉を開いてみたい学生のみなさんは、
一度、プーニューの迎えてくれる宮坂研究室を訪れてみてはいかがでしょうか。
次回の★Bridge★も、お楽しみに!
チョッパー子4