★Bridge★No.26 萩野 貴史 先生
学生さんと先生を繋ぐ連続企画★Bridge★、今回の先生は・・・
法学部 萩野 貴史 先生です。
萩野先生は、「刑法各論1・2」など、刑法に関連する科目を担当されています。
それでは、先生の思いをご紹介★
■■■ どんな思いをもって、授業(ゼミ)に臨んでいらっしゃいますか? ■■■
僕は、何よりも、授業やゼミを、意外と"面白い"と思ってほしいと考えています。
というのも、「授業やゼミって面白い」と思うことが、色々なことに繋がると思うからです。
僕は刑法学が専門です。
でも、初めからこの分野が面白いと思っていて、それで研究の道を志したわけではありません
でした。刑法学を面白いと思うより先に、ある先生(大学3・4年次に所属したゼミの先生なの
ですが...)に興味をもったんです。
授業やゼミでの先生の話がとても面白くて、単位の取得には全く関係なく、その先生の各授業に
潜り込んでは同じ科目でも何度も聴講しました。
そして、その先生があまりに所属学会のことなどを楽しそうに話すので、
先生の歩んでいらっしゃる道を追いかけてみたいな、と思ったことが、
今の僕に至るキッカケだったんです。
勉強自体は決して好きではなかった僕が、
大学で「授業やゼミって意外と面白いな」と思ったことが、将来の進路を決めてしまった。
たぶん、今の僕の授業やゼミでのスタンスというのは、この経験がもとにあるのでしょうね。
ここでいう「授業やゼミが面白い」って、1つの意味である必要はないと思うんです。
そもそも「面白い」の種類って色々ありますよね。
「面白い」を英訳しようと思うと、色々な単語が出て来ます。
"interesting" "funny" "amusing"..."exciting"なんていうのもあるかもしません。
「面白い」の意味合いがさまざまであってよいというほかに、「何が」面白くてもいい。
「判例の事案って面白いものがあるな」とか、
「学説が理論的で面白いな」であってもいいし、
「この先生は面白い人だな」でもいいです。
とにかく、何らかの意味で、
授業やゼミを面白いと思ってもらうことが大切だと思うのです。
なぜかというと...
まず、90分の授業って、意外と伝えられることは多くないんです。
面白いと思えると、授業で話した以外の情報に自分から接するようになりますし、
必要な時にはそれほど苦労を感じずに努力できます。
90分の授業を聴講する以外に、自発的に行動してくれるんですね。
次に、授業やゼミを「面白い」と思ってくれれば、それと同時に、教員にも多少なりとも興味を
もってもらえると思うんです。
これが、進路や生活に関してアドバイスをする時にも役立つのではないか、と考えています。
大学というのは多くの学生にとって社会に出る直前の時期であり、どの先生もそうだと思う
のですが、学年が上がるほど言葉遣いや態度に対して厳しいアドバイスが必要になります。
「社会人になったら、それは通用しない」、「それは、こういう風に直したほうがいい」といった
アドバイスもしなくてはいけない場合があります。
自分が学生の時はそうでしたが、
普段からコミュニケーションの取れていない教員の言葉なんて、正直、受け入れたくないです。
何か言われたら、まず反発したくなる(笑)
事前に人間関係ができていないと、自分の言葉が学生に届かない気がしてしまいます。
授業やゼミを「面白い」と思ってもらうことからスタートして、教員にも興味を持ってもらい、
「皆さんからも積極的に話しかけてもらう⇒こちらからも積極的に話しかける」という
コミュニケーションを通して、人間関係を構築しておく。
そうすることで、
厳しいアドバイスをしなければならないときも、
こちらのメッセージを前向きに受け止めてくれるんじゃないかな、と。
自分が生徒や学生だった頃のことを思い出すと、普段は「面白いな」と思っていた先生、
自分のために多くの時間を割いてくれた先生に、ガツンと叱られた言葉が心に残っているんですよね。
だから、自分も、皆さんに興味をもってほしいし、皆さんと正面から向き合うようにしたい。
大学というのは、高校までのようなクラスが無いですし、ともすると教員と学生との関係が希薄に
なりやすいですから。
ちょっと話がずれるかもしれませんが、普段から実践していることで、
一つ、ポリシーみたいなものを挙げるとすれば、「学生との時間を削らない」でしょうか。
くだらない話も難しい話も、とことん付き合いたい。
僕もできる限り時間を割くので、皆さんも大学時代の貴重な時間を僕に使ってほしい。
それで、できれば「こいつ、面白いな」という興味をもってもらいたい、と。
最近は、「先生、そろそろ仕事したら?」って言われてしまうこともあるんですが(笑)
■先生の授業スタイル
僕の授業は、時おり"劇場型"なんて言われることがあります。
板書はあまりしなくて、授業中は、ドラマや演劇の一部のように、動き回って喋っています(笑)
大学には、色々な人が集まりますので、面白いと思う部分も人それぞれだと思うんです。
なので、様々なニーズにこたえられるように授業を組み立てられればという目標を密かにもっています。
新聞やテレビで取り上げられているタイムリーな話題に関心がある方もいるでしょうし、
身近な先生が登場する事件を素材にする(もちろんフィクションです)ことで、
刑法が遠い界の話ではないと興味を持つ方もいるでしょう。
教卓につっ立って話すのではなく、一つ一つ大きな身振り手振りで説明している僕を
面白いと思ってくれる方もいるかもしれない(笑)
様々な捉え方があるので、できるだけいろいろと取り込み、
そのどこかから「面白さ」をみつけてもらえればいいと思っています。
■刑法の面白いところは?
刑法学は、基本的には、ある行為が犯罪になるのかならないのか、
犯罪になるとしたらどのような犯罪なのか、
そして、どのような刑罰を科されるかを考える学問です。
犯罪になる行為なんて、常識でわかるだろうと思われるかもしれません。
しかし、法律学一般に言えることですが、
1+1=2のような、明確な正解がないんです。
授業で取り挙げた例でいうと、「ちり紙13枚を盗んだ人間は、窃盗罪になるか?」が
争われた実際の事案があります。
まぁ、金員を盗もうとスリをしたら、被害者のズボンのポケットからちり紙を抜き取って
しまった、という話なんですけれど。
刑法で窃盗罪は、他人の「財物」を盗んだ場合に成立すると規定されています。
では、ちり紙13枚を盗む行為は「財物」を盗んだといえるのか、そうではないのか。
法律学には、 "これが絶対に正しい"というものが、無い。
だから、もちろん価値観が対立するときが出てきます。
先ほどの例でも、窃盗罪で処罰するべきだと思う人もいれば、
その必要はないと思う人もいるでしょう。
では、このように価値観が対立した時にどうするのか。
その場合には、みんなが従うルールを1つ決めるわけですから、相対立する価値観の
うちいずれを選択すべきかを考えなければならない。
このとき重要になるのが、その考え方の説得力です。相対立する考えをもつ人に納得
してもらわなければいけませんので、法律学は「説得の学問」などと言われることも
あります。
このとき、
"自分は、なぜこう思うのか"ということをよく整理して、的確に相手に伝えなくてはいけませんし、
その一方で相手の意見も"こういう見方や考え方があるのか"と受け止める必要があります。
むろん、相手の言い分を何でも受け入れることが重要だというのではありません。
みんなが他人の意見に従うという姿勢では、極論するとそもそも意見が出なくなって
しまいます。
かといって、みんなが相対立する意見を全部はねのけて「自分のルール」を主張する
のでは、みんなが守るべき共通のルールが作れません。
社会がかかえる問題に対してどのように取り組み、
自分たちの社会をどう作り上げていくのか―――
自分の考え方を組み立てたうえで、
自分の考えに対する様々な指摘や他人の意見に触れ、
傾聴すべきものがあれば取り入れる。
そして、さらに自分の考えを深化させる。
そういったところが、法律学、そして刑法学の面白さだと思います。
僕の場合、単に人と喋って、コミュニケーションをとるのが好きなだけかもしれませんが(笑)
■萩野ゼミ
ゼミも、授業同様、「面白い」と感じてほしいのですが、
「面白さ」の質がちょっと違っています。
授業では、「教員の話を聞くこと」に何かしらの面白さを感じて欲しいと思っていますが、
ゼミは、「主体的に行動して自分たちが作り上げる面白さ」を感じてほしいですね。
これは僕の持論なのですが、人って、他人の話を聞くより、自分がしゃべったり
行動したり、"自分が主体的に動いている時"の方が楽しいと思うんですよね。
行動を起こすということは、最初は嫌だったり面倒くさかったりすると思います。
それでも最後に、"ああ、面白かったな"と思えるのは、
やっぱり自分が主体的に行動して、体験した場合だと思うんです。
3・4年生のゼミでは、各学生に報告の機会が、2週間に1回、必ず回るような
システムをとっています。
具体的には、ゼミ生には僕から検討課題としての"事件"を渡し、それをもとに
ディベートを行ってもらいます。
学生には4つのグループに分かれてもらっていますが、まず、そのうち2つのグループに、
ディベートのテーマとなる"事件"を渡します。
「今回、ディベートのテーマとなる事件はこれです。グループAは、弁護側とします。
被告人のために、なるべく無罪あるいは刑が軽くなるよう、立論してください。
グループBは、検察側とします。(検察官の実態とは異なりますが)今回の事件で
なるべく被告人を重く処罰できるように立論してください。」
と役割分担をしたうえで、各グループは、課外活動(サブゼミ)として関連判例や
学説の調査、レジュメの作成などをすることになります。
こうした事前準備をしたうえで、ゼミ当日にはディベートを行います。
もちろん、ディベートを担当するグループ以外のメンバーにも、
それぞれの立論の後には自由に意見を述べてもらいます。
残りの2グループにも別の"事件"を渡しておいて、翌週には、同じように弁護側と
検察側に分かれてディベートをします。
その次の週は、最初の2つのグループが再び別の事件でディベートするという流れですね。
ゼミ生は、準備⇒発表⇒準備⇒発表の繰り返しです。
隔週で報告が回ってきて、それが終わったらまた次の事件の報告準備ですから、
たぶん忙しいと思いますよ。
また、うちは、比較的イベントを多く設けているゼミだと思います。
単に「主体的に活動してね」と言うだけでは、やはり何をしたらいいか分からない
と思いますので、「こういうイベントをします。これに向けて皆さんは、自分たち
でしっかりと役割分担、準備をして、対応して下さい。」という形で進めています。
例えば、年2回、ゼミ合宿を行います。
行き先の選定・準備・予算など、担当者を中心に、全て学生に運営を任せています。
また、「東海学生刑法学会」というディベート大会にも参加しています。
2015年度は名古屋近郊の5大学9ゼミが参加し、約9時間にわたるディベートが行わ
れました。
本番はかなり長時間にわたりますので、その準備の段階からすでに「大変そうだなー」
と思いながら見ていました。
「自分が学生時代にこんな準備や報告をできたか?」と問われれば、自信がありません(笑)
当日、使用するパワーポイントの資料だけで60ページを優に超えますし、
その他に配布用のレジュメも今年は12ページぐらいあったかと思います。
学生の大会ですので、大会の運営についても、各ゼミから2名ずつ代表が集まって
「理事会」を結成し、この理事会が中心となって、全て学生の手で司会進行から
スケジュール作成・管理まで行います。
僕ら教員はゲスト・審査員という形でかかわることになるので、僕たちの大会当日の
お弁当や飲み物の手配なども、もちろん全部学生が行います。
他には、社会見学もできる限り行っていて、2015年度は、刑務所や警察本部、高等検察庁、
少年鑑別所などを見学させていただきました。
僕の教え方が未熟なだけかもしれませんが(笑)、百聞は一見に如かずなんですよね。
僕が、例えばゼミ生に「刑務所はこういうところだ、こんな設備があり、壁は
このくらいの高さで、こんな人がこんな仕事をしている」と100回言うよりも、
実際に現場を自分の目で見てもらった方が、
多くのことを感じ、学び取ってくれるんです。
このように比較的活動的なゼミですが、外部に出て行く機会が多いということは、
楽しい面だけではなく、きつい面もあります。
外に出て人前で話をしたり、社会に出て体験するためには、
それ相応の準備をしなければなりません。
パックツアーに参加したお客さんのように、バスガイドさんについていくだけという
態度では困りますので、基礎知識を備えたり、企画を実現できるだけの十分な下準備
をしてもらいます。
「このイベントに関しては、これだけは絶対にやってほしい(守ってほしい)」と
いうことを、色々と要求しますが、そこはしっかり実行してもらいます。
外部に出ないのであれば、ここまでゼミでやる必要はないかな、とも思うんですが...
教室で教員の話を聞いて、凪いだ海のようなゼミ活動をするのか、
それとも、報告やイベント実現の準備に明け暮れた、荒波のようなゼミ活動をするのか、
「どちらが最後に面白かったと思えるのか?」というと、
荒波を乗り越えた方が面白いんじゃないかな、と(笑)
萩野ゼミのホームページがありますので、こちらも是非、覗いてみて下さい♪
【名古屋学院大学法学部
萩野ゼミのホームページ】
■■■ 先生のお薦め本 ■■■
今回は、2冊ご紹介です!
どちらも、誇りと信念をもって仕事に打ち込んだ人たちの物語ということで、
ご推薦いただきました。
『歳月』講談社文庫 司馬遼太郎 著
こちらは、特に法学部の学生さんにお薦めの1冊です。
今は、上下巻の2冊に分かれた新装版が出ています。
江藤新平という方のお話です。
彼は、明治政府で司法卿という役職を務めた人物で、
日本の法制度の整備に尽力した、歴史上も非常に重要な人物です。
写真による指名手配(写真手配)の制度を確立しますが、
佐賀の乱を起こし、なんと自身が指名手配第一号になったのだとか。
歴史の教科書では1~2行で紹介されてしまう出来事の「首謀者」として
知られていますが、その生きざまは非常に興味深いとのこと。
また、江藤が佐賀の乱に敗れた後に、それでも裁判の場で戦おうとしたのに対し、
大久保利通がこれを阻止するくだりもぜひ読んでほしいそうです。
刑事裁判における「正しさ」とは何かを考える契機になれば、と。
長編ですが、人物の描写も丁寧で、読み物としても面白いので、
歴史が苦手な人にもお薦めの1冊とのことです。
『フェルマーの最終定理』新潮文庫
サイモン・シン 著 青木 薫 訳
フェルマーの定理は、17世紀にフランスの数学者フェルマーが
「私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。」
と書き残し、350年近く証明も反例もなされず、長らく数学者たちの頭を悩ませた
ことで有名です。
この本では、フェルマーの定理に挑んだ歴代の数学者たちの戦いと生きざまが
描かれており、これもまた、信念を貫いて仕事に取り組んだ人たちの物語となっています。
数学に関する部分がわからなくても面白く読めたということで、ご紹介いただきました。
■■■ 今日の一枚 ■■■
今日の1枚は、" 先生の趣味(気分転換) "です!
萩野先生は・・・なんと、パンを手作りされるのです★★
この中で一番お得意なのは、(撮影するときのものは、窪みをつけるのに失敗した!
とのことですが)写真左下のブレッチェンなのだとか。
「極めよう」としなければ、材料も集めやすく、レシピも単純だから、と(笑)
きゃ~~~美味しそう・・・!!!
他にも、フランスパン、マカロン、パン・ド・ミにツリービアブレッド...
そして、シュトレン!
写真にはないですが、ピタパンなどもよく作るそうです。
なんと美味しそうなパンの数々・・・!垂涎モノですね!!
(取材時に、「先生、どれも食べてみたいです!現物希望です!」という発言を、
なんとかこらえたチョッパー子です。)
余談ですが、先生がご使用中の前掛けは、刑務作業で受刑者が手に職を付ける目的で作成される
縫製品で、これらの製品の売り上げの一部は、犯罪被害者支援団体の活動費用に役立てられる
そうです。
刑法や萩野先生に興味のわいた学生さん、
ゼミ活動をめいっぱい充実させたい法学部の学生さん、
それと、パン好きな学生さん(笑)
是非、先生の研究室の扉を叩いてみて下さいね!
次回の★Bridge★も、お楽しみに!
チョッパー子