「名古屋学院大学 留学」と一致するもの

 ついに11月に入ってしまい、こちらの大学生活も残すところ1ヵ月間になりました。月日が流れるのは本当に早く、楽しく密度の濃い時間を毎日過ごしています。10月はイベントや休みが多くあり、アメリカを深く知る良い機会になった月です。


 

 10月の初めにTOEFLを受けました。リスニング力が少しは上がっている気がしていましたが、1ヵ月と少しではあまり変わらず、思うように解けなかったです。しかし、英語の環境に慣れてきていたのもあり、テストの総合点は少し上がっていました。


 

 私はバンドが好きで、今私が留学をしているアメリカの西海岸は、私の音楽のルーツになった場所です。今住んでいる大学の寮から2時間くらい離れた場所に、ポートランドという都市があります。そこからまた30分くらい離れた場所にあるライブハウスに、10月の上旬と下旬に1回ずつ足を運びました。


 

 以前バンドをやっていたため、日本でライブハウスには通っておりましたが、アメリカにある本場のライブハウスに行くのは初めてだったので、すごく不安でした。普段はポートランドやどこかに遊びに行く時には、誰かしら一緒に居たので心強かったのですが、一人で行くのは初めてのことだったので、更に不安が大きかったです。


 

 案の定、電車やバスの交通機関を利用する際、間違えてしまうことがあって、一回目に行ったときは最悪でした。それでも自力で歩いてライブハウスに着けたので、今では良い思い出になっています。何より、オレゴン州の人々はみんな親切で温かい人たちばかりでした。本当に平和な街だと感じます。そして、私自身の精神面でも成長できたと感じました。アメリカで見たライブは一生忘れません。


 

 また、授業と授業の間に一週間の休みがあったので、名古屋学院大学から一緒に留学に来た友達と、ニューヨークへ行きました。ニューヨークは、一度訪れてみたい憧れの地だったので、実際に行くことができ、凄く感動しました。映画で見ていた世界そのもので、''世界の中心''と言われるのも納得するくらい大きくて、活気のある町でした。


 

 10月の終わりには、ハロウィンパーティーが大学内であり、みんな様々な仮装をして参加をしていました。私は日本に居る時からハロウィンのイベントが好きだったので、ハロウィン発祥の地であるアメリカで、本場のハロウィンに参加できて凄く良かったです。みんな仮装のクオリティが高く、人種に関わらず皆が幸せな1日を過ごしていたと思います。


 

 アメリカは本当に色んな国から人が集まっていて、同じクラスには、私たち日本人を含め、韓国人や中国人といったアジア圏の人達、ドイツ人やフランス人といったヨーロッパ圏の人達、そしてサウジアラビア人もいます。クラスメイト全員の文化や生まれは違うけれど、ここで一つ共通しているのが''英語''です。アメリカに居ると、''英語があることにより、他国の人たちと交流を持つことができ仲良くなれる''ということを改めて感じさせられ、英語の存在の大きさを実感しています。


 

 10月は、私の英語を学ぶモチベーションをさらにあげてくれた月でした。残り1ヵ月も、周りの友達と楽しく、良い経験ができるよう生活を送っていきます。


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 ついに11月に入ってしまい、こちらの大学生活も残すところ1ヵ月間になりました。月日が流れるのは本当に早く、楽しく密度の濃い時間を毎日過ごしています。10月はイベントや休みが多くあり、アメリカを深く知る良い機会になった月です。


 

 10月の初めにTOEFLを受けました。リスニング力が少しは上がっている気がしていましたが、1ヵ月と少しではあまり変わらず、思うように解けなかったです。しかし、英語の環境に慣れてきていたのもあり、テストの総合点は少し上がっていました。


 

 私はバンドが好きで、今私が留学をしているアメリカの西海岸は、私の音楽のルーツになった場所です。今住んでいる大学の寮から2時間くらい離れた場所に、ポートランドという都市があります。そこからまた30分くらい離れた場所にあるライブハウスに、10月の上旬と下旬に1回ずつ足を運びました。


 

 以前バンドをやっていたため、日本でライブハウスには通っておりましたが、アメリカにある本場のライブハウスに行くのは初めてだったので、すごく不安でした。普段はポートランドやどこかに遊びに行く時には、誰かしら一緒に居たので心強かったのですが、一人で行くのは初めてのことだったので、更に不安が大きかったです。


 

 案の定、電車やバスの交通機関を利用する際、間違えてしまうことがあって、一回目に行ったときは最悪でした。それでも自力で歩いてライブハウスに着けたので、今では良い思い出になっています。何より、オレゴン州の人々はみんな親切で温かい人たちばかりでした。本当に平和な街だと感じます。そして、私自身の精神面でも成長できたと感じました。アメリカで見たライブは一生忘れません。


 

 また、授業と授業の間に一週間の休みがあったので、名古屋学院大学から一緒に留学に来た友達と、ニューヨークへ行きました。ニューヨークは、一度訪れてみたい憧れの地だったので、実際に行くことができ、凄く感動しました。映画で見ていた世界そのもので、''世界の中心''と言われるのも納得するくらい大きくて、活気のある町でした。


 

 10月の終わりには、ハロウィンパーティーが大学内であり、みんな様々な仮装をして参加をしていました。私は日本に居る時からハロウィンのイベントが好きだったので、ハロウィン発祥の地であるアメリカで、本場のハロウィンに参加できて凄く良かったです。みんな仮装のクオリティが高く、人種に関わらず皆が幸せな1日を過ごしていたと思います。


 

 アメリカは本当に色んな国から人が集まっていて、同じクラスには、私たち日本人を含め、韓国人や中国人といったアジア圏の人達、ドイツ人やフランス人といったヨーロッパ圏の人達、そしてサウジアラビア人もいます。クラスメイト全員の文化や生まれは違うけれど、ここで一つ共通しているのが''英語''です。アメリカに居ると、''英語があることにより、他国の人たちと交流を持つことができ仲良くなれる''ということを改めて感じさせられ、英語の存在の大きさを実感しています。


 

 10月は、私の英語を学ぶモチベーションをさらにあげてくれた月でした。残り1ヵ月も、周りの友達と楽しく、良い経験ができるよう生活を送っていきます。


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 秋も一段と深まり、一年で私が一番好きな季節がやってきました。10月をアメリカで過ごせたことを、すごく嬉しく思っています。

 10月8日に、卒業生を大学で迎えダンスを楽しむホームカミングパーティーがありました。このパーティーはダウンタウンのホテルのホールで開かれ、参加者は皆、ドレスやフォーマルな服を着て楽しく過ごしました。ホームカミングキングとクインも決定され、クインに選ばれた子は大学4年生でサッカーチームに所属し、私と同じレギュラークラスを取っている子でした。その子はすごく性格が良く、その子が選ばれて、私だけではなく周りのみんなも喜んでいると思います。

 ホームカミングの三日後、ESLの学生たちとCedar RapidsにあるWashington High Schoolの日本語クラスを訪問しました。先生は日本人の方で、挨拶とお辞儀を学生に教えていたので、訪問をした私たちはすごく驚きました。 私が学生たちの話を聞いたところ、彼らは来年東京へ遊びに行くことになっているそうです。私が大好きな日本で、彼らも良い経験ができることを願っています。

 10月の二週目の週末は、Intercultural Centerのみんなとシカゴへ行きました。三日間だけの観光だったので、事前に予定をきちんと立てて行きました。観光スポットのMillennium Park、Skydeck、Navy Pierは絶対に外してはいけないと思い、寝る時間を削ってまで全部行こうとしました。

 私はCedarRapidsでは服の買い物をしていなかったので、シカゴの一日目は全部買い物で終わりました。更にその夜は、すごく美味しいベジバーガーを食べられたので、一日目は良い終わり方をしました。

 二日目は観光スポットを全部周り、夜はシカゴブルズのバスケの試合を見に行きました。チケットは90ドル以上しましたが、本物のバスケの試合を生で見ることができ、とても感動したので、この値段を出す価値はあると思います。試合の合間はエンターテインメントがいっぱいあり、機会があったらシカゴブルズの試合は見てほしいです。

 同じ日に、名古屋学院大学から派遣され、メンフィスの大学で勉強している友達に会うことができ、その友達も元気に留学を楽しんでいる様子だったので、自分だけが楽しんでいるだけではなく、同時期に留学をスタートさせた友達もアメリカで良い経験をしていることが分かり、すごく嬉しく思いました。

 更にシカゴにて、名古屋学院大学に留学をしに来ていたアメリカからの留学生にも会えました。彼女がアメリカに帰る時、「絶対アメリカで会おうね。」と言っていたので、本当に会うことができ、すごく良かったです。

 私の中では、このシカゴトリップで一番忙しかった人は自分だと思っています。私のケータイのカメラロールを見ると、どれくらい忙しかったか分ります。人に撮ってもらった写真が少なく、セルフィーだらけです。それはなぜかと言うと、一人でシカゴを回っていたせいで、人に写真を頼む時間も無かったからです。

 私はシカゴの生活がどうなのか知りたかったので、タクシー、地下鉄、自転車を使って、色々回りました。自転車は、車と同じスピードで車道を走らないといけないので、必死にこぎました。またシカゴに行く機会があったら、今度はゆっくり街を歩き、食べられなかったシカゴピザを食べたいです。


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 秋も一段と深まり、一年で私が一番好きな季節がやってきました。10月をアメリカで過ごせたことを、すごく嬉しく思っています。

 10月8日に、卒業生を大学で迎えダンスを楽しむホームカミングパーティーがありました。このパーティーはダウンタウンのホテルのホールで開かれ、参加者は皆、ドレスやフォーマルな服を着て楽しく過ごしました。ホームカミングキングとクインも決定され、クインに選ばれた子は大学4年生でサッカーチームに所属し、私と同じレギュラークラスを取っている子でした。その子はすごく性格が良く、その子が選ばれて、私だけではなく周りのみんなも喜んでいると思います。

 ホームカミングの三日後、ESLの学生たちとCedar RapidsにあるWashington High Schoolの日本語クラスを訪問しました。先生は日本人の方で、挨拶とお辞儀を学生に教えていたので、訪問をした私たちはすごく驚きました。 私が学生たちの話を聞いたところ、彼らは来年東京へ遊びに行くことになっているそうです。私が大好きな日本で、彼らも良い経験ができることを願っています。

 10月の二週目の週末は、Intercultural Centerのみんなとシカゴへ行きました。三日間だけの観光だったので、事前に予定をきちんと立てて行きました。観光スポットのMillennium Park、Skydeck、Navy Pierは絶対に外してはいけないと思い、寝る時間を削ってまで全部行こうとしました。

 私はCedarRapidsでは服の買い物をしていなかったので、シカゴの一日目は全部買い物で終わりました。更にその夜は、すごく美味しいベジバーガーを食べられたので、一日目は良い終わり方をしました。

 二日目は観光スポットを全部周り、夜はシカゴブルズのバスケの試合を見に行きました。チケットは90ドル以上しましたが、本物のバスケの試合を生で見ることができ、とても感動したので、この値段を出す価値はあると思います。試合の合間はエンターテインメントがいっぱいあり、機会があったらシカゴブルズの試合は見てほしいです。

 同じ日に、名古屋学院大学から派遣され、メンフィスの大学で勉強している友達に会うことができ、その友達も元気に留学を楽しんでいる様子だったので、自分だけが楽しんでいるだけではなく、同時期に留学をスタートさせた友達もアメリカで良い経験をしていることが分かり、すごく嬉しく思いました。

 更にシカゴにて、名古屋学院大学に留学をしに来ていたアメリカからの留学生にも会えました。彼女がアメリカに帰る時、「絶対アメリカで会おうね。」と言っていたので、本当に会うことができ、すごく良かったです。

 私の中では、このシカゴトリップで一番忙しかった人は自分だと思っています。私のケータイのカメラロールを見ると、どれくらい忙しかったか分ります。人に撮ってもらった写真が少なく、セルフィーだらけです。それはなぜかと言うと、一人でシカゴを回っていたせいで、人に写真を頼む時間も無かったからです。

 私はシカゴの生活がどうなのか知りたかったので、タクシー、地下鉄、自転車を使って、色々回りました。自転車は、車と同じスピードで車道を走らないといけないので、必死にこぎました。またシカゴに行く機会があったら、今度はゆっくり街を歩き、食べられなかったシカゴピザを食べたいです。


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 インドネシア・アチェ州へ留学にきて、あっとゆう間に2ヶ月経ちました。 2ヶ月住んでいると、こちらの環境がとてもよく分かります。 

 最近とても停電が多いです。停電になると寮の隣の喫茶店で、みんなでコーヒーを飲んでおしゃべりをしています。なので、停電は全く怖くなく、むしろ楽しんでいます。 

 未だに慣れないこともあります。それは、お風呂です。日によって水が出ない時もあるので、いつも桶に水を溜めるようにしています。このようなことは、現地では普通のことなので、いつも通っていている喫茶店の人たちに相談すると、笑って「これがアチェだ」と返されます。 

 2ヶ月住んでいると、友達とも絆ができ、今では毎日会う仲間も出来ました。毎週、フットサルを一緒にして体を動かしながらコミュニケーションを取れるの楽しいです。来月には、メンバーと一緒に作ったユニフォームが届くので、すごく楽しみにしています。大学の先生対生徒でサッカーの試合もしました。 
 
 インドネシア語でコミュニケーションを取ることができるようになってきたので、現地の言葉であるアチェ語をみんなが教えくれます。嬉しいことですが、かなり難しいので、少しずつ勉強していきたいと思います。 

 いつも行く喫茶店では、日本語と英語とアチェ語を使っていけないというルールをみんなが作ってくれたので、喫茶店にいるだけで、インドネシア語の勉強になります。 

 大学でも少しずつですが、成長していると感じます。Ecology and Environment の授業では、水害問題をどうしたら良くなるか、改善点などに関するプレゼンテーションを行いました。プレゼンテーションをしても笑われることが多いですが、インドネシア語でプレゼンテーションをするとは、2ヶ月前の自分では想像もしていませんでした。まだ、授業はとても難しいですが、学校の宿題を見せると、大学の仲間がゆっくり丁寧に教えてくれるので、とても助かっています。 

 たまに空きコマを使い、日本語を教えることもあります。学生だけで集まり、空いている教室や学校内の喫茶店で、ひらがなを教えたりしています。みんな日本語に興味を持っていて、とても嬉しかったです。来年の春から名古屋学院大学への留学を目指している学生もいます。 

 大学以外では、佐伯先生の力を借りて、国際協力の最前線を見ることができました。去年、インドネシア・スタディツアーで訪れた、チョッ・マンボンという村を再び訪れました。この村は、生活水を十分に得ることができないことが問題とされています。生活水用の水道管を寄付を支援するところに立ち会いました。工事は、全て任せるのではなく、村の人たちができることは自分たちでやっていました。テレビなどでは、そのような現場はみることができないので、初めて知ったことも多かったです。

 ただ、この村支援の説明を受けても、わからない単語が多く全てを理解することはできませんでした。もっと勉強して、専用的な言葉も覚えていきたいと思いました。
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