天津外国語大学の最近のブログ記事
2017年10月 6日
中期留学報告(天津外国語大学 白川 光)
初めての留学
私は昨年の2016年9月3日から中国の天津外国語大学という学校に、公費留学に行かせていただきました。タイトルにもあるように初めて海外留学を体験をし、半年という決して長くはない期間ですが、学べたことは多いと感じます。
留学する前は準備をする段階でつまずいてしまい、何を持って行ったら良いか分からず、キャリーケースの中がなかなか埋まらなくて友達に何を入れたのか調査したぐらいです。留学当日まで不安が拭えず、飛行機の中ではこれから留学先でやっていけるのかと、泣いてしまいそうになりながら考えていました。
留学先に到着し、大学の留学生専用の寮のラウンジのようなところで手続きをしている最中、次にする事が分からず突っ立っていたら、同じ名古屋学院大学の福田結香さんが丁度ラウンジに来て、私は彼女を見つけた瞬間、今までの不安と寂しさが一気にこみあげてきて、彼女に抱き着いてしまいました。それから、お互い来るまでにどんなことがあったか、どんな人がいたか等、世間話をしていたら、どうやら私の手続きが終わったようで部屋とルームメイトまで決まっていました。私の部屋は一番端の部屋で、ルームメイトはベルギーの女の子でした。ルームメイトは始めおとなしい女の子なのかなと思っていましたが、実はとてもフレンドリーで明るい子でした。母語はフランス語らしく、いつもフランス語を話すらしいのですが英語も話せる女の子で、もうすでに2ヵ国語話せるのに中国語も勉強するなんて、本当にすごいと思いました。残念ながら私は英語が得意ではないので、英語を使ってコミュニケーションを取ることはあまりできませんでしたが、私の下手な英語でも一生懸命聞き取って理解しようとしてくれる優しい子でした。その日は私もルームメイトも疲れており、すぐ就寝しました。次の日は授業がまだ始まらずフリーだったので、福田さんと外に出かけてみることにしました。福田さんは小さい頃に天津に住んでいたことがあるそうで私よりにも地理にずっと詳しかったので、ほとんど福田さんに任せっぱなしで散策し、日本と違うところを沢山発見し楽しかったです。その後数日間は必要品を買ったりして、学校が始まるのを待ちました。その後ようやく授業が始まり、クラスも決まっていきました。
私のクラスは、精読、閲読、口語、聴力という4種類でした。一週間の中で精読の授業が一番多く、授業内容は中国語版の国語のような授業でした。閲読はとにかく文章を読んで問題を解いていく授業で、口語は会話や相手とコミュニケーションを取る授業、聴力は字の通り聴く力を鍛えていく授業で、パソコンとヘッドホンを使った授業が中心でした。閲読はひたすら長い文章を読んでいくのですが、知らない漢字が多く、それらを調べながらだとだいぶ時間を取られてしまうので特に苦手でした。でも時間をかけた分だけ知らない漢字も知らない文法も身についたと感じます。
他にも、中国留学でしかできないような授業を沢山体験できて、クラスメイトの外国の人達ともコミュニケーションを取ることができました。例えば、精読の授業ではパワーポイントを使って故郷の四季について皆の前で発表するという課題が出ました。私は名簿のせいで一番初めに発表しなくてはならず、ひどく緊張しましたが、なんとか乗り切ることができました。パワーポイントの内容は、春夏秋冬の日本ならではのイベントや記念日の催し物等を紹介して、皆にできるだけ興味を持ってもらうもので、私は日本の富士山が映った綺麗な写真を選んだり、分かりやすい画像を載せてみたりしました。クラスメイトはとても優しく反応をしてくれたので、発表しやすかったです。
聴力の授業は、中国のネイティブ会話や曲を聞いて耳をどんどん慣れさせていく授業で、別の授業もそうですが、基本的にずっと中国語で授業なので、耳が中国語に慣れていくスピードが速かったように感じます。
授業内でゲームをしたりクイズを出したりとコミュニケーションを図る授業も多く、口語の授業では、くじを引きグループで出し物をする課題があり、私たちのグループは赤ずきんの劇をやることになり、誰がどの役をやる等の話し合いの時にすごく盛り上がって話が弾んだのを覚えています。私たちのグループは4人しかいなかったのですが配役が5人だったので、誰が兼ね役をやるかじゃんけんをしたところ、私が負けてナレーションとおばあちゃんの役をやることになってしまいました。当日まで皆で時間を合わせて何回か練習を重ね、ついに本番の日、私はおばあちゃんとナレーションの兼ね役なので、ナレーションとおばあちゃんのセリフが前後つながっているところだとナレーションを言ってすぐ腰をかがめておばあちゃんのセリフを言うという、なんとも奇妙な人物になってしまいましたが、なんとかやり切りました。
そんな思い出が多い授業ですが、普段の留学生活でも思い出は多いです。特に食べ物関係の思い出が多く、学校の近くにある東北菜館というご飯屋さんには本当にお世話になりました。一週間に4回行くこともあり、食堂と東北菜館を交互で行ったりもしていました。ご飯ももちろんおいしいのですが、店長のお母さんがすごく良い人で、いつ行っても笑顔で友達のように接客してくれました。帰国前日も行って明日帰ると伝えると、「さみしくなるね。また天津きたらいつでもおいでね」と暖かい言葉をくれました。たった半年なのにそんな風に思ってくれる優しい人で、そんな人に出会うことができて留学して良かったなと改めて実感しました。
食べ物以外にも色んな思い出があり、例えば中国の交通にはひどく驚き、慣れるまでに時間がかかりました。しかし、多くのことが日本と違っていても、知っていくことで中国のことを少しでも理解できたように感じます。そして文化と文化の違いを客観的に見ることができて、国際文化学部として学べたことも多いのではないかと思います。
留学中は決して楽しいことや嬉しいことばかりではなく、もちろん辛いことや苦しいこともたくさんありました。しかし日本では助けてくれた身近な人がいない状況で困難を乗り越えていくことに大切さを感じ、留学生活を通じてやっと少しは自立ができたのかなと思います。まだまだ足りない部分や自立できていない部分が多くありますが、留学の経験を生かしてこれから生活していけたらと思います。
中期留学報告(天津外国語大学 福田 結香)
中国の良さ再発見
私は9月から1月まで中国・天津市にある天津外国語大学に中期留学に行かせていただきました。天津を訪れるのは今回で2回目です。小学2年から5年まで父の仕事の都合で約5年住んでいました。9年ぶりに訪れる天津は経済成長によって大きく変わってしまったところも多かったですが、当時のままのところもあり、とても懐かしく嬉しかったです。
私の行かせていただいた天津外国語大学は多言語、多学科で、中国で最も早く設立された外国語専門8大学の1つです。1921年、天津外国語大学の前身の一つである天津工商大学が馬場道にキャンパスを建て、後に津沽大学、河北大学へと大学名を変更しました。1964年、主たる前身である秦皇島外語専科学校(後に天津外国語専科学校)が設立されました。2010年、教育部の許可を得て、天津外国語大学へと名称を変更しました。現在馬場道と濱海の二つのキャンパスを持ち、馬場道キャンパスは天津の市街地に位置し、キャンパス内の建物の多くはヨーロッパ風であり、シックなデザインで、キャンパス全体は美しく閑静であり、天津市十景の一つになっています。濱海キャンパスは濱海新区の大港大学教育生態園内に位置し、湖の景色と植物の緑が互いに光を放ち、景色が秀麗です。馬場道キャンパスは、その美しい外観からドラマなどのワンシーンとして使われていたりします。
9月から私の留学が始まりました。1度高校生の時に2週間だけオーストラリアに短期留学した経験があったため、友達や家族と離れることは大丈夫だと思っていましたが、やはり4カ月となると期間が長いため、部屋で寂しく泣く日々が何日もありました。学生寮は思っていたよりずっときれいで、過ごしやすかったです。ルームメイトは最初は中国人とベトナム人のハーフの年下の女の子でした。中国人とのハーフということで、とても流ちょうに話すことができ、現地の人の話も聞き取ることができていました。しかし、私は中国語を学び始めて1年ばかりで簡単な会話しかできず、なかなかうまくコミュニケーションをとることができませんでした。そのため、お互いにスマホの翻訳を使い、伝えたいことを伝えあっていました。留学が始まって1ヵ月ほどして、ルームメイトが一時帰国のため寮の退居手続きをした際に1週間ほど1人部屋でしたが、隣の部屋だった日本人がルームメイトとうまくいかず私の部屋に引っ越してきました。他国の人と文化の違いを乗り越えて協調するのが留学生活の醍醐味だと思うのですが、私も前のルームメイトと生活するうえで文化の違い等で生活しにくい時もあったので、ルームメイトが日本人になって正直嬉しかったです。
授業は4教科で、1週目は日本の履修変更期間のようにクラスを変えられる期間でした。クラス数が多く自分のレベルにあったクラスを選べるので、とても登録しやすかったです。留学生活が始まって2カ月目からは生活にも環境にも慣れて、留学が楽しいと感じられるようになりました。留学2ヵ月目の10月の始めには、国慶節といわれる1週間のお休みがあったので、北京語言大学に留学している友達と連絡を取り合ってお互いの大学付近にホテルを取り、天津と北京の観光をしました。天津も北京も行ったことのある所なので観光地という観光地には行きませんでしたが、天津には売っていないものを北京では買うことができて大満足でした。また、中国では店によっては値切りができるので、いかに安く値切れるか毎回勝負で楽しかったです。
11月には天津に来て初めてのテストがありました。HSKの問題を解いたり、テキストの問題を解いたり、先生の決めたテーマについてパワーポイントを各自制作し、皆の前で発表するなどしました。クラスメイトには色んな国の人がいて、パワーポイントの発表の際にその国の文化も少しですが学ぶことができました。私は日本のお正月について発表したのですが、おせちの写真をスクリーンに映すと他国の子が"お~~‼"と良い反応をしてくれて嬉しかったです。また、11月から一気に冷え込み、最初の頃は体調を崩していました。外は寒いですが、私の部屋は暖房をつけなくても割と暖かく、11月、12月でも短パンで寝ていました。
留学2ヵ月目と3ヵ月目は、勉強も頑張りつつ海外ならではの食も楽しもうと思い、平日は学食で我慢し、土日は贅沢に外食をしていました。大学の周りの中国の東北地方の料理を食べられるお店へ行ったり、タクシーで韓国料理屋さんに行ってサムギョプサルを食べたりしました。日本に比べて味が濃いのでくどく感じたりもしましたが、おいしかったです。東北料理屋さんのおばさんとは仲良くなり、帰国する前日にもお店に行って最後に一緒に写真を撮り、「日本にも遊びに来てね。」と伝えました。
学生寮では、月に1度現地の料理を作る企画があったり、留学生歓迎会、日韓でスポーツ大会を開いたりしました。留学生歓迎会では、留学生数の多い日本人は毎年出し物を行うようで、今年度は希望者だけですがダンスをしました。私もダンスに参加したのですが、毎日の練習は楽しく、前学期から留学している他大学の先輩とも仲良くなることができました。
年末には家族が2泊3日で遊びに来てくれました。家族も天津に来るのは9年ぶりでとても楽しみにしていたようです。天津に住んでいた時にお世話になった父の会社の人たちと食事会を開いたり、思い出のご飯屋さんに家族で行ったりしました。
4ヵ月の留学中に中国の良いところをたくさん知ることができました。厳しい人もいましたが、多くの人は言語の分からない日本人の私に優しく接してくれました。9年前にも感じましたが、今回の留学を通して改めてそう感じました。また、日本では考えられないようなことが起きたり、外国の子たちの生活を見てこちらでの常識や海外との文化の違いをたくさん感じることができました。
今回の留学で、日本語の話せる父の会社の人にたくさんお世話になりました。留学は私一人ではできません。色んな人の支えがあってできます。親や留学中お世話になった方々に感謝したいと思います。留学をする人は年々増えています。留学の経験を無駄にしないよう、今後の生活、検定、就活等頑張っていきたいと思います。
中期留学報告(天津外国語大学 喜多 真凜)
たった一人で留学に行った私の物語
私の2/24~7/9までの中期中国留学について話したいと思います。私は元々、中国に留学に行くつもりは、全くありませんでした。ただ、第二言語として中国語を選択しているだけだった私に、留学をするきっかけになる出来事がありました。それは、同じ中国語のクラスだった友達3人が、中国に留学に行ったことです。その3人のうちの1人がSNSに投稿をしているのを見た時、私も中国に行ってみたいと思うようになりました。ですが、私は3人とは違い私費留学だったので、名古屋学院大学の授業料と天津外国語大学への留学で使うお金という、とても高額な金額が必要であり、それを出してくれた母に感謝しています。そしていざ一人で行くとなると、とても心細いし不安だらけでした。飛行機にて3時間で天津に着き、そして空港からタクシーで天津外国語大学まで向かいました。大学に着き受付を済ませようと思ったら、本当に何も聞き取れず困ってしまいましたが、ルームメイトが助けてくれました。なので、今のルームメイトには感謝してもしきれません。そのルームメイトと出会えてなかったら、どうなっていたのだろうと思います。
天津外国語大学には、日本人がとてもたくさんいます。日本人会というものがありましたが、私たち2人以外みんな日本人会に参加していました。そして日本人のほとんどが、関西外国語大学の人たちで、私たち2人はどちらかというと浮いていました。名古屋からは、私の他に愛知淑徳大学から3人と、名古屋外国語大学から1人来ていましたが、彼女たちは半年から一年留学する子たちだったので、挨拶は交わしますがあまり深い関係にまではなりませんでした。
天津に来てから3日後に、授業前テストがあります。これは、所謂実力テストです。日本人であれば、意味は分からずとも解ける問題ばかりでした。その後、答案用紙を持ち、自分に合うだろうクラスの部屋へ行き、軽い面接をして、その後に学生証用の写真撮影をして、その日は終わりです。私のクラスのほとんどが日本人と韓国人で、その他にタイ、スペイン、ムスリム系から2人の、合計27人のクラスでした。クラスメイトはみんな良い子ばかりで、授業終わりによくご飯に行ったこともあります。
授業に関しては、スピーキング、リスニング、リーディングが2つの、合計4教科のみで、HSKでいうと4級レベルだったので、そこまで難しくはなかったかなと思いました。先生も面白い方が多かったので、授業中もすごく楽しかったのを覚えています。
天津の気候としては、日本より気温も高く、そして太陽も近いので、とても暑く日焼け止めを塗ってもすぐ焼けますが、日本に比べ湿気は少ないです。私は、2月後半から中国にいましたが、その時期の中国は寒いと聞いていたので、日本から冬服を結構持っていきました。しかし、思っていたより寒くなかったので、中国でたくさん服を買いました。
そして私は、留学期間中に友達と一緒に、上海と北京に行きました。上海では、上海ディズニーなどいろんなところに行きました。友達の先輩が上海に留学していることもあり、その先輩が上海の有名スポットを案内してくれましたので、とても楽しい上海旅行でした。北京では、天安門に行って写真を撮りました。北京へは、私が帰国ギリギリになって、北京に行ったことがないと言うと、なら今から行くかとなり、その場で行こうと決め、日帰りで行ってきました。そこで私は、やっぱり都会って楽しいなと思いました。でも、留学するなら、都会で留学するより、田舎で留学する方が良いと思います。なぜなら、田舎の方が都会に比べ、人の優しさや温かさに、たくさん触れられる気がします。それに、都会だと遊ぶところがとても多いので、絶対いろんなところで遊んでしまうので、それだと留学しているなら何だかもったいないなと思います。だから私は、留学するなら田舎に行くべきかなと思います。都会に行くなら旅行で行きたいと私は思います。
一枚目の写真は、友達と上海ディズニーランドに行った時のものです。ディズニーランドは、とても楽しかったです。でも、私的には東京のほうが断然楽しいと思います。上海ディズニーは、東京ディズニーシーのように広さ的にはあまり広くなかったです。プーさん、シンデレラ、ベイマックスなどと可愛らしいキャラクターにも会うことができました。でも私たちは、乗り物に乗ったのは5つくらいで、あとは友達が一眼レフを持っていたので、写真をたくさん撮るなど、まったりディズニーを満喫していました。ディズニーの他に、友達の先輩が上海に留学していたため、豫園、田子坊、外滩など有名処を案内してもらいました。上海は、天津にはないアクセサリーが一つ300円ほどでとても安く、しかもデザインもとても可愛くて私も一つ即買いしました。夜景もとてもきれいで感動したので、また行きたいと思っています。
二枚目の写真は、私が帰国するギリギリに友達と北京に日帰り旅行に行った時の写真です。有名な天安門広場前で写真を撮ることができました。夜ご飯を食べていたら、隣の中国人の男の人から、「これ余ったからあげるよ。」と言われ、豆腐とトッポキをもらいました。こんなこともあるのだなと思いました。その他にも、たくさんのお土産ショップがある通りを見て周って、買ったりしました。みんなに渡す中国のお土産があまりにも難しく、私は北京でアルバムや磁石、ポーチなどを買っておき、天津でスーパーなどに売っている中国のお菓子を買って日本に帰ってきました。
三枚目の写真は、クラス写真です。クラス全員とても仲が良く、クラスメイトはとてもいい子達ばかりでした。私はいつも韓国人のお姉さま方といて、すごく可愛がられていました。韓国人のお姉さま方と話す言語は、日本語、韓国語、英語、中国語のフル言語を使って話をしていました。お姉さまの一人の韓国人が独学で日本語を勉強していることもあり、その子経由で分からないところをいろいろ教えてもらうこともありました。
私は、今回このような留学をすることができて、良かったなと思います。初めてで、しかも独りぼっちで中国に行って、不安だらけで約半年間やっていけるかなと思っていましたが、友達がたくさんできたので、笑顔の絶えない楽しい留学生活を送ることができました。私は、この中国留学で学んだ様々なことを、たくさんの人に教えてあげられたらいいなと思います。