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韓国の協定大学訪問記(その1)出発日のこと

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9月5日(月)~9月9日(金)にかけて,伊藤理事長と姜商学部教授とともに,本学が交換留学等の協定を結んでいる韓国の大学を訪問してきました。小生にとっては新任挨拶を兼ねた表敬訪問です。
訪問先は,当初の予定では釜山(プサン)で東義大学,江崚(カンクン)で関東大学,ソウルで明知大学の3大学でした。しかし,ソウルの明知大学は先方の都合で取りやめ,その代わりに釜山で東西大学と釜山デジタル大学の2つを加えました。ハングル語が母国語である姜先生がガイド役でしたから,鬼に金棒,理事長と小生は木船でなく「大船」に乗った気分です。
数回に分けて,その折の話を書こうと思います。

9月5日(月)曇り・晴れ 釜山へ
<中部国際空港まで>

出発日は9月5日(月)。天候は,時々雨が落ちる曇天。前日まで,台風12号が時速10~15kmとゆっくりした速度で四国・中国地方を横断。両地方と紀伊半島に大雨と暴風・洪水をもたらし,大きな被害を出した。今年は自然災害に悩まされる年なのだ。
中部国際空港での集合時間は,午後1時25分。それより10分前に集合場所に着いたのに,現場に来ていた国際センターの冨田さんには「理事長と姜先生はもう来ていて,チェックインの列に並んでいます」と言われる。「ボクが最後ですか?」。思わず「歳をとると朝が早いそうですからねぇ」と変な言い訳を返してしまった。大将は,最後にお出まし頂ければ良いのに・・・。参ったなぁ。

<釜山到着と出迎え>
中部国際空港を15:25のKE754便で飛び立ち,釜山空港への到着は16:55。ほぼスケジュール通りのわずか1時間半のフライト。時差も無いため,肉体への負担は少ない。札幌へ行くようなものだ。
3人の誰一人として予想もしていなかったことだが,釜山空港では,東義大学の対外協力センターの張課長はじめ4人が(4人も!)出迎えてくれていた。彼らは,あれっあれっと思っているうちに荷物をさらい,我々の身体を2台の車に誘導した。そこから宿泊先の釜山ロッテホテルに直行である。

ロッテホテルは改装工事中でチェックインには多少手間がかかった。荷物を解く暇も無いまま,再び対外協力センターの方たちと共に釜山郊外の活魚の店に向い,そこで最初の晩餐会。相手側は,対外協力センター長の曺永湖教授(専門は日本語・言語学)をはじめ5人,こちら側は伊藤理事長,姜先生そして小生の3人である。
嗚呼,初日から宴会だ。韓流ビールと韓流焼酎,窓を通して潮騒の音。そんな風にして,初日から釜山の夜が暮れていく。

<海ミミズのこと>
ところで,「活魚」と書かれた韓国の食事処の店頭には水槽が置かれ,その中で各種の魚とともに海ミミズ(勝手に小生がそう呼んでいる)が泳いでいる。海ミミズの太さは1~2cm,色はベージュとピンクの中間色,長さは大きいので30~40cmくらいある。
これが水槽の中を泳ぐ姿は,なにやらピンク色の長いウィンナソーセージ(あるいは人間の盲腸のようなもの)が,ぬらぬらと上へ下へと身体を揺すっている印象だ。かなり気色悪い。韓国語の正確な発音は判らないが,ケイブルと呼ぶらしい(英語のCableを連想すると覚えやすい,と姜先生が教えてくれた)。
これが食材として水槽の中を泳いでいる。これを口にするには抵抗がある。ましてや,「生」でなんて食えるはずがない。韓国人はこれを食べるのか,と感嘆。これだけは勘弁,死んでも食えない,と思っていた。
ところが,である。後になって姜先生に知らされたのだが,対外協力センターの人たちと一緒に行った「活魚の店」では,刺身の盛り合わせの中にこれが入っていて,そうとは知らずボクもそれを食べてしまったらしい。確かに皿の上にはベージュ色の切り身があったし,自分は勝手にそれを赤貝か何かの一種かと想って食べた。海ミミズの姿は小さな切り身に変わっていたため,原型を留めていなかったから気付かなかったのだ。
「エエッ,あれを食べてしまったのですか!?」。再び,参った。以前,カエルや雀のから揚げは食べたことがある。しかし,「これだけは食えん」と思っていた海ミミズを食べてしまっていたのだ。意図せず,食に関する新たな境地を開拓してしまった。

もっとも,ナマコを食べる日本人も凄いと思う。ウナギとは比べようもないほど,ナマコを食べる日本人をエライと思う。歴史上初めてナマコを食べた日本人は,誰かは知らないが,きっと死ぬほど空腹だったに違いない。そうでなければ,あれほどグロテスクなナマコを食べようとする筈が無い。
海辺の岩場でじっとしているナマコは,採取するのは簡単だが,どう見ても食欲を喚起させる代物ではない。この気色悪い生物を最初に食べた日本人は,著しく勇気があってチャレンジ精神に溢れた人物であったことだろう。
食の歴史に思いを馳せれば,魚類のフグに代表されるように,菌類のキノコや野生の植物でも,食べて良いものいけないものの峻別のために,大量の人間の死があったに違いない。そして,勇気ある挑戦者がいたればこそ,現代のバラエティ溢れる食材がある。
「コリコリしていて美味しい」という人も居るが,未だにボクはナマコが苦手だ。そして,ナマコのケースと同じくらい,海ミミズを初めて食べた朝鮮民族は勇気があった,と思う。

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